社長の独り言

社長の独り言

[ 2017.11.25. ]

244号-2017.11.25

若者最近、年齢は若いが中身は実年齢より10も20も歳をとった考え方や行動をとる若者が増えている。つまり自ら挑戦するという事ではなく、特に上昇意欲はなく、楽して暮らせればいいという考えだ。既に枯れている現状肯定派ともいえる。彼らには勤労というものに価値観がない、消費者としての考えや行動があるのみだ。だから働く時間を少なくし、いくらの給与をもらえるかが最大の選択肢なのだ。職場でも教育の場でも消費者と位置付けるから精神の荒廃が進む。

学校教育など最たるものだ。教えてもらう立場と教える立場は違うし、雇用する立場と雇用される立場も違う。夫々に応じた責任がある。何時のころからか、「消費者は神様」という考えが蔓延し市場を席巻し、様々な齟齬が発生しだした。

「ゆとり世代」という言い方もあるが、将来そのツケを負うのは自分自身であり、悲惨な将来は確実に見える。その手の若者を「若年寄」と揶揄するが、当社でも確実にいる。特に25~35歳の社員に多い! つまり、若くして器量、判断が優れているのではなく、言葉そのままの意味で、意欲がない!アクションが遅い!前例踏襲型で疑問を感じない!言われた事だけを自分のペースでやる!挑戦意欲がない!競争心がない!が特徴的だ。

仕事にも顕著に表れている。以前は「役職は人を創る」「人事を尽くして天命を待つ」と上位職を目指して将来は課長、部長と本人も努力し、家族も応援していたが、ここ10年ほど昇格を打診しても断る社員も出てきた。理由は「給与が大して上がらないのに割が合わない!」である。飢餓感がないのだ。今日より明日はよくなるという希望がないのだ。

多くの賢人が言っている。“紙一重”の前進のためにしのぎを削り、そのために必死の努力を重ねる…これが天才といわれる人の真実の姿なのである。たしかに、現在のレベルに満足し、“これでよし”とする人に、成長はない。つねに初心にもどり、“もっと努力しよう”“もっといい作品を残そう”という心をもてる人が向上していけるのであろう。

又、北原白秋も「努力」への信念に関して、「詩歌の修行」の中で、「突拍子もない大々飛躍などということはめったにできるものではない。修行というものは、石なら石をひとつずつ積みあげていくようなもので、根気よく、こつこつと仕事の力と量とを積みあげていかねばならない。どれだけ天賦の才に恵まれていても、この平生の努力を怠れば、ついには何の業をも大成し得ないであろう」と。これは現実の生活のなかにおいても、ビジネスにおいても同じことに違いない。

とはいっても、凡人は中々できる事ではない。わかっているけどできない、続けられない。しかし、周りを見れば納得できる。地位や所得は努力と正比例している。努力があって初めて運命の女神がほほ笑むのだ。棚ぼたはかえって人生を狂わせる。そういう人間に限って「私は努力しています」という。そう言う奴が一番困る。
日本人のメンタリティーはこういう言い方をやたらと好む。何も考えないでいるくせに、朝は誰よりも早く会社に出て、誰よりも遅くまで働く。結果が出ていようがいまいが、そんな人間に免罪符が与えられがちなのだ。
結果はどうであれ、努力するなら正しい努力をしなければ意味がない。必要条件と充分条件を一緒くたに考えてはならない。「正しい努力」とはキチンと成果に結びつく努力を言い、其の為のスキルアップが確実に体感できる事を言う。それが長時間労働に結びついている。国内では少子化と結びついて労働力の減少が深刻な問題となっている。それが年金財政の逼迫、GDPの減少、社会インフラ維持困難、税収減と多岐にわたり国家的課題として論じられている。

過労死問題、サービス残業、時短、育休等が問題になって、超人気企業であった電通や三菱電機が糾弾されている。驚くことに寺の修行僧までもがサービス残業を請求する時代になった。そもそも何処の国が初めに言い出したかである。これと同じことが20年前に起こった事を忘れてはいけない! 1979年の「ウサギ小屋」批判もあり、その延長線上にある事は間違いがない。

1970~80年代、日本の製品の質の高さで欧米製品を駆逐したため、ヨーロッパが主導しISO(国際標準化機構)を考えた。ISOの基準をクリアしないと実質的輸出は不可能になった為、日本をはじめ企業がこぞって取得に走った。コンサルタントによりISOビジネスが盛んになったが、貿易障壁として効果も薄らいだため下火になった事がある。このように欧米には「負けたらルールを変えれば良い!」という考えが当たり前だ!

昔オリンピックで日の丸飛行隊と言われたスキージャンプ競技も飛び方を変えさせられた。
又、鈴木大地がバサラ泳法で優勝した時、次回からその泳法を禁止にした。実は鈴木選手は、このときのために手の爪を3~4センチ伸ばしていたという。その長く伸びた爪の分早くゴール板にタッチし、まさにミリ単位の勝負に勝ったのである。執念の勝利といってよい。
「『人事を尽くして天命を待つ』のではなく、『人事を尽くして天命をもぎとるのだ』」と。勝ちには勝つだけの理由がある。負けに は言い訳だけが残る。

今回も低迷する欧米諸国の貿易障壁の第2弾と位置付けられているかもしれない。
価格競合の要素として労働時間と単価を目につけた訳だ。汎用品は製品的差別化が容易でなくコストは労働費を如何に下げるかである。ここに、労働条件に着目すれば一企業のエゴとは捉えられないし受けも良いからで、背後には欧米には、企業は国家資本主義の尖兵と言う位置付けである点が、日本とは全く仕組みが違うのだ。かってフランスの大統領がソニーの盛田昭夫氏をトランジスターセールスマンと揶揄し、メイドインジャパンの代名詞だったこと等、もう忘れている。

マスコミ等の報道に惑わされてはいけない!第二次産業革命的な労働規制を第四次産業革命時代に適用する時代錯誤も甚だしい。先の時代は一定の労働時間投入と成果は正比例しているが、知財創造的時代にはその方程式は成り立たない!労働投入時間と成果は比例していない!労働時間という観念自体が時代遅れなのだ。人工頭脳に置き換えられる時代なのだ。

そこで生産性というKPI(Key Performance Indicators)が出てきたがこれでも前時代的な考え方で十分ではない!又、ワーク&バランスもよく考えてみると、建前とは別に将来の年収300万円時代を踏まえて一つの会社だけでは収入源としては十分ではないから、スキルを磨き他からの収入源を確保しなさい!とも言える。さらに少子化の効果的対策としても論じられている。歴史を見れば国家が私生活に介入して成功した例はない。労働人口が減る事で間違いなくGDPは減少する。AI(人工頭脳)時代になっても失業者は出てくるし大多数の国民の所得は減る。

政府が副業を認めるよう経済団体に提案しているのも、本質を裏付けている。
取り巻く評論家やいわゆる学識経験者も、年収300万円時代到来と格差社会を論じ危機感をあおっている。

10時間労働して100の成果がある社員が、8時間で100の成果にしろという事だが、そのやり方は工夫して各人に任すという事らしい。しかも時給は上がる一方だが、市場は縮小しており20%の売り上げ増加は普通の企業には難しい。新規採用を控えるか、コストダウンを図る生産設備の導入だが投資資金に余裕のある企業は一部だ。企業淘汰が始まるしかない。時短ばかりが強調されているが、自分しかできない仕事・スキルを必死になって磨くべきなのだ。
マスコミや周りの無責任な言葉に振り回されるのではなく、シッカリと自分を磨きスキルを高めないと将来貧困老人となるのは間違いがないと言うことなのだ!

                            社長   三戸部 啓之

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