[ 2026.3.1. ]
342号-2026.3
高額な商品やサービスを提供する企業にとって、避けて通れないのが「値引き交渉」です。価値を説明した上で価格を提示しても、お客様の反応は三つに分かれます。
1. 「今回はやめておきます」
2. 「値下げできませんか?」
3. 「よろしくお願いします」
ここで問われるのは一義的には「価格ではなく、価値で判断してもらえるか」です。価値には必要性と即時性(今欲しいかどうか)があります。それが購入動機の誘因になるのです。
ポイント1:値引き交渉は信頼のバロメーターである!
値引き交渉が入る理由は様々ですが、提供する商材に人的要素が介在している以上、その人が信用できるか否かが基本にあります。信用できない人からいかに立派な説明を受けても信じられませんし、虫が好かない相手とは早く話を打ち切りたいはずです。当然価格にも不信感を持ちます。だから外見的要素と話し方、物腰マナーが社員教育で徹底されるわけです。話の土俵に乗る前に、話を聞く姿勢がなければ商談は進みません。その第一関門を突破してから、初めて商談に入ることになります。次の段階である値引き交渉は「お客様が提示された価格に見合う価値を感じていない」からです。それはどういうことかというと、顧客が商品やサービスに対して支払ったコスト(お金・時間・労力)に対して、それ以上の便益を得られたと感じることを意味します。これはカスタマー・バリュー(顧客価値)という概念でもあります。具体的に言えば機能的価値、情緒的価値、体験的価値、共創的価値の総称です。
機能的価値:製品やサービスが提供する基本的な機能や性能
情緒的価値:安心感、信頼、ブランドイメージなど感情に訴える価値
体験的価値:購入や利用のプロセスで得られる特別な体験や満足感
共創的価値:顧客と企業が一緒に価値を作り上げる体験
これを実際の商品で表してみると、シャネルのバッグでマトラッセがあります。価格は150万円前後し、ヴィトンのカプシーヌは120万前後です。どんな良質な皮を使用していても材料費は5万前後、熟練した縫製職人が制作したとしても作業時間から5万でしょう。そうすると原価は総額10万です。一般的にハイブランドの原価率は10%~20%程度とされていますので、粗利は90~110万となり、粗利率は80~90%と驚異的です。豪華な店構え、洗練された店員、広告やマーケティングに多額の費用をかけ、ブランドの希少性とステータスを高めています。これが多くの女性を惹きつけているのでしょう。このブランドを持つことで顕示性という見栄が精神的な充実感を満たしてくれるのかもしれません。これは見事に4つの価値を表しています。
私も昔、ある建築提案について丁寧に価値と便益を説明し、「理解いただけた」と感じたお客様から、最終的な見積提示後にお断りされたことがあります。おそらく価格に納得できなかったのでしょう。その後他社の建築提案で工事をしていることを知り、ショックを受けた経験があります。恥を忍んでその顧客に理由を聞きに行ったところ、私の説明が自社の製品の制限でしか提案しておらず、顧客側の資産運用の最大化という面での視点が欠けていたことが分かり、お詫びした事があります。
ポイント2:値引き依頼に安易に応じるな!
私も現役時代、過去何度か値引きに応じて案件を受けたこともあります。期待していたのは「次の契約につながれば」あるいは「実績として使えれば」という思惑でした。勿論営業職である以上、課ごとに設定されたノルマ数字というものがあり、それに拘束される点もあります。しかし、結果は逆でした。値引きを依頼してきたお客様に共通していたのは、「契約が続かない」「行動しない(=成果が出にくい)」「要望が多く、依存的」という特徴です。特に日銭商売をしている方や市場の仲買業の方はその傾向がありました。日々駆け引きをしながらビジネスをしているのですから当たり前かもしれません。大阪人のあいさつで「儲かりまっか?」、返しの定番で「ボチボチでんな!」というレベルで受け取るべきだったかもしれません。中々関東人にはサラッと流すことができず、真正面から受け止める傾向があるのかもしれません。値引きによって返ってお互いの信頼関係が歪み、成果に結びつかなかったのです。
ポイント3:値引きは社員の努力を否定することにもなる!
かつて読んだ松下幸之助氏の逸話があります。価格交渉で取引先に値引きを求められた際、社員の顔が浮かび、「ここで値引きしたら、彼らの努力が報われない」と考えて、あえて価格を維持したとのことです。額面通り受け止める事は憚れますが、氏の価格政策にはその言説が是認できるような有名な「スーパーダイエー対松下戦争」があります。スーパーダイエーは松下製品をメーカー希望小売価格から20%引きで販売しようとしましたが、松下電器はこれに反発し、ダイエーへ商品出荷停止にする強弁手段に出て、以後30年にわたる事態になりました。製品には多数の社員が関与しています。安易な値引きは、自社のサービスだけでなく、関わる人たちの価値まで下げてしまいかねません。
ポイント4:価格設定には自分なりの軸が必要!
大事なのは、自分が納得できる価格、自信を持って提示できる価格を設定することです。お客様の状況に寄り添いながらも、「この金額が妥当だ」と信じられる自分なりの軸を持つことが、ブレない経営に繋がります。その為には提供価格の構成比をキチンと把握する事、競合他社の製品を把握することです。往々にしてオウム返しのように、自社の販売価格を何の分析もせず、競合他社の製品も調べずストレートに顧客に提示する社員は、街頭のバナナのたたき売りと同レベルです。
ポイント5:価格ではなく価値で選ばれる経営へ
実際、こちらが提示した価格で購入してくださるお客様はいます。そうしたお客様とは、 長く良好な関係が築け、成果も出やすい傾向にあります。つまり、「価格で悩む相手ではなく、価値で共鳴する相手と付き合う」ことが、事業の成長につながると思います。価格での付き合いは一時的な利益を提供するだけですが、顧客のニーズを踏まえた価値を提供するのは、顧客の利益を将来にわたって長く享受させることにつながります。安かった、高かったの判断は短期間では言えません。安物買いの銭失い!という諺もあります。長期にわたって価値を提供する姿勢が大事になります。長い付き合いの中で、あの製品を購入してよかった!との反応が営業冥利に尽きるのではないでしょうか。値引き交渉にどう対応するかは、単なる営業スキルではなく、経営の姿勢そのものが問われます。「価値を明確に伝える」「自分の判断基準に基づいた価格を守る」「共鳴するお客様とだけ付き合う」この3つの軸を持つことで、価格交渉に振り回されない「強い経営」が実現します。価格でなく価値で勝負する経営にシフトしなくてはなりません。
アーバン企画開発グループ相談役/合同会社ゆいまーる代表社員
三戸部 啓之










