333号-2025.6

[ 2025.6.1. ]

333号-2025.6

企業が存続するための要件として一般的に言われているのは、社会的な有用性だ。それは、社会にとって、その企業が必要とされるということだ。数多ある同種企業の中で選ばれることが必要とも言える。顧客(消費者)に選ばれるということは、顧客にとって必要不可欠または有用性があるということになる。顧客に選ばれるために、企業は知恵と汗を使い、他社との差別化を図っているのだ。他社との差別化要因としては、株式を上場すること、特別なノウハウがあること、仲介ナンバーワンになること、低価格販売などいろいろあるが、小が、大を凌駕するという企業も少なくない。

 

愛知県にある「愛知ドビー工業株式会社」の戦略が参考になる。この会社は「バーミキュラ」という鋳物のホーロー鍋を中心とした調理器具のブランドを展開している。かつて、債務超過2億円という倒産寸前の「下請けの町工場」から逆転V字回復をしたことで注目されている。今では売り上げ36億円、従業員200人の規模にまで成長している。主力製品の「バーミキュラ」は2020年に開発10年をかけてフライパンをリリースしたが、発売2ヶ月で5万個販売した実績がある。これは1個あたり15,000円の価格から推計すると75000万円で、同社の売り上げの2割を「バーミキュラ」が占めているビッグブランドだ。そこで考えて欲しいのは、この高級フライパンが顧客に伝えた「価値」は何かということだ。

 

  • 開発に10年を費やしたこだわりのフライパンだから!

② 通常よりも100倍のスピードで水分を蒸発させ、旨味を瞬時に凝縮できる独自の技術を駆使したフライパンだから!
③ 目指したのは、世界一素材本来の旨味を凝縮するフライパンだから!
以上3つが考えられる価値だと言える。

しかし、他社との差別化要因である「顧客に伝えた価値」の視点から見直してみると…は、商品へのこだわりを感じるが、「顧客が得られる未来」が書かれていない。は、「顧客が得られる未来」は入っているが、技術や特徴が目立っている。は、「顧客が得られる未来」が最もシンプルに、これまで聞いたことのない価値として伝えられている。 と、分析できる。

多くの会社では、①や②のように「商品が欲しくなる売り文句」を優先してしまう。そうなると顧客は「なんだかすごいのはわかったけど…」で止まってしまい、その先にある「必要だ!」「欲しい!」という感情にはならない。つまり、購買行動に転化しない。購買行動に転化するには、対象となる消費者の精神的な動機付けが必要だ。最近「顧客思考」という言葉が一般的に言われるが、この精神的動機付けのことを言っているに過ぎない。数十年前からプロダクトアウトの発想からマーケットインの発想への転換が言われて久しいが、なかなか定着するまでには至っていない。最近では機能価値ではなく感情価値に訴えなければならないと言われているが、これも先のマーケットインの発想の一変形でもある。

 

もう一つ例を挙げてみよう。 知名度も高い株式会社ドミノ・ピザジャパン(本社:東京都品川区)が展開する国内No.1シェアを誇る宅配ピザチェーンがある。 ドミノピザは、20232月の販売開始より、販売累計620万食を突破した大人気商品「マイドミノ」を、2024722日(月)より、旅行や出張などのお出かけにも便利なちょうどいいコンパクトサイズのお弁当「ピザBENTO(弁当)」へ、リニューアルした。

リニューアルポイントは大きく3つ。
① 毎日のお弁当の新しい選択肢にしていただけるようお手頃価格のお持ち帰り590円〜に設定。

  • ピザをちょうどいい食べきりサイズにするとともに、お客様の好みに合わせて、サイドメニューを1つか2つかを選択可能に。
  • 500mlドリンクもしくは野菜ジュースが単品だと200円のところ割引価格150円でつけられる。ドリンクを合わせても1,000円以下が嬉しいと評判になった。

ドミノピザは20232月より「マイドミノ」を発売している。この商品はメインピザ1枚に対してサイドメニュー2品を選択できる優れものだ。自分の好みにメニューをカスタマイズできる「お一人様向け」のピザだ。一人前のピザを作って、メニューの選択肢を増やすだけでは?と思った方もいるはずだ。誰でも思いつくような施策に感じるかもしれない。しかし、おそらく同じことをそのまま実践したとしても、ほとんどの方が失敗に終わる。なぜなら、本質を見ていないからだ。それは「お客様が口に出さない隠された本音を知ること」だ。ピザは家族や友人といった仲間とシェアして食べるのが一般的だ。ピザのメニューも注文するときは、みんなが好きな定番の味や子供が好きな味などを基準に選ぶことが多いのではないか?実はここにお客様の隠れた本音(不満)がある。それは「自分が本当に食べたいピザが食べられない」ということになる。ピザと言えば1枚を複数人でシェアして食べるイメージがあるが、自分自身の好みを押し込めて相手に合わせなければならない。本当はこれが食べたいと思いつつ、家族や友人を優先したことはないだろうか?

そこで、自分だけの一人前ピザのセットを作れば「今まで遠慮して食べられなかった不満を解消できる」として、あえてシェアをしないピザ「マイドミノ」を開発したわけだ。これが見事に大ヒット。発売から1ヵ月で500,000食を達成し、1年後には10倍の5,000,000食を突破した。この商品で競合他社を大きく引き離したと言われている。重要なのは「1人向け商品」を作ることではない。ドミノピザのように「お客様の隠れた本音」「今何が求められているのか」を知り、そこに向けたサービスを行うということだ。これが競合との激しい競争から抜け出して、大きな売り上げを達成できることになる。

もう一つの事例として、年間40億円もの赤字を抱えた株式会社龍角散の例を取り上げたい。今では売り上げ200億円、借金0の企業になっているが、V字回復の背景には「お客様基準での選択と集中」があったと言われている。自社のヒット商品を、その商品販売をやめて他に専念したわけだ。当時、株式会社龍角散は約50年もの間「クララ」という商品を販売していたが、その販売を中止した。これは、経営陣の大英断だと思うが、「何を基準としてやめたのか?」だ。一般的に考えられるのは、利益が出ていないから、古臭いから、であるが、いずれでもない。クララは咳、痰などの悩みを解消する商品で、「龍角散」同様に、生薬などを使った薬で他の薬にはないという由来の成分が強みと言われている。

しかし、一般的な目線から見ると「クララ」という名前には、そういった成分がわからない。「他の会社の薬との違いがわかりにくい」という評価になる。他商品と比べて「龍角散」であればどう見られるかと考えれば「東洋由来」という強みがわかりやすいはずだ。どんなにこだわって、強みがある商品でも魅力が伝えられなければ売れない。このように「お客さん目線の基準」を持って「クララ」の販売中止という決断を行い、今後の将来性も見込める「龍角散」に経営資源を集中させた。その結果「龍角散」ブランドは急成長を続け、株式会社龍角散は売り上げが驚異的に伸びV字回復をすることができた。このように多くの会社は「お客様に自社の魅力が伝わっていない」「そもそも消費者が魅力を感じていない」のが現状だ。その視点こそトップの力量かもしれない。

 

アーバン企画開発グループ相談役/合同会社ゆいまーる代表社員

三戸部 啓之