[ 2025.12.1. ]
339号-2025.12
競合に負けると「どれだけ頑張っても、結局は“値下げ”しないと売れない!」という事になるのが一般的な言い訳理由です。「価格を下げれば利益が減り、上げればお客さまが離れていく」と考えがちです。そんな現状を打破した、ある小さなホテルの取り組みが参考になります。それが、大阪・道頓堀のど真ん中にある「道頓堀ホテル」です。
周囲はアパホテルやルートインといった大手チェーンばかりの激戦地です。価格競争ではとても太刀打ちできないエリアと言えます。しかし、彼らは「ある視点」を変えただけで、価格は一切変えずに半年先まで予約が埋まるホテルへと変貌を遂げました。一体何を行なったのか?その視点とは“売り方”ではなく「誰に届けるのか」を最初に見極める、ということでした。つまり、①誰に ②何を ③どうやっての順番で考えることです。多くの企業が悩むのは、「何を」売るか、「どうやって」届けるかという部分です。これはプロダクトイン志向の考え方で「いいものを作れば売れるはずだ」という発想です。物資が不足した高度成長期ならいざ知らず、物資が行きわたりある程度の生活が維持できる経済社会では、対象となる顧客に合わせた戦略が必要になります。ターゲットの顧客を意識した考え方でマーケットイン志向と言えます。プロダクトインの志向は、技術に優位性を持つ企業の陥りやすい考え方でもあります。しかし、本当に大切なのは、最初に「誰に」を見極めることです。ここが曖昧なままだと、どれだけ工夫しても成果につながりにくくなります。考えれば当たり前の話ではありますが、買っていただく消費者動向を考えて方針を立てるのは当然ですが、往々にして「これだけの品質があれば買うのは当然だ」という発想になりがちです。さらに大手企業は動きが早く新しい取り組みも、あっという間に模倣される事態にもなりかねません。当初ブルーオーシャンとみた市場が、あっという間にレッドオーシャンになってしまうのです。昔「マネシタ電器」と言われた今のパナソニックが、あるマスコミから「御社は開発する研究所をなぜ持たないのですか?」と聞かれて、当時の社長が「当社の研究所は品川にある」といった逸話があります。つまり品川にあるのはSONYを指したわけで、販売力のある松下電器はSONYの開発した新製品をすぐにまねをして販売力で市場を席捲したわけです。1970年代後半に起きたビデオ規格の覇権争いでのビデオ戦争があります。性能的にはSONYの開発したベータマックスの方が優れていたといわれますが、後追いしたビクターが開発したVHSは性能がシンプルで量産化しやすい処から松下電器の協力もあり、ベータマックスが敗退したケースがあります。
だからこそ、道頓堀ホテルは、同じ土俵で勝負するのではなく、「誰に」を根本から見直したわけです。それまでは、ビジネスホテルなので「国内のビジネスマン」をターゲットにしていました。道頓堀という立地は「遊びに来ていると思われるから出張では泊まりにくい」という致命的な弱点がありました。そこで目を向けたのが、“海外からの若い女性旅行者”だったわけです。
道頓堀で買い物や観光を楽しむ層に変えることで、それまでの“弱み”だった繁華街という立地は、たちまち“最強の武器”に変わりました。そして、ターゲットを変えれば「提供価値」も変わります。
・お寿司の握りやたこ焼きなどの日本の食文化体験
・着物の着付け
・国際電話や外貨両替の対応
などをすべての宿泊者に無料で提供しました。「部屋ではなく思い出を売る」というコンセプトで、日本文化体験イベントを日替わりで開催したり、ハラル対応の朝食や、毎晩22時過ぎから「夜鳴きラーメンとビール飲み放題サービス」を提供しています。大手にはできない小回りの利く運営が可能だったのです。思い出を売るホテルとしてSNSで話題となり、予約は半年先まで埋まるほどの人気となりました。
異業種で「うちはホテルじゃないから 関係ない」そう考えたら、先には進みません。しかし、「誰に」「何を」「どうやって」という順番は、すべての業種に共通する基本です。だからこそ、「誰に」を変えれば「何を」「どうやって」も自然に変わり、結果として“自社しか出せない価値”が見えてきます。重要なのは、「自社のお客さまがどんな人で」「どんな感情や価値を求めているか」それを明らかにし、自社の提供価値へと落とし込むことです。とはいっても、頭では理解していても日常業務に忙殺されて、自社の位置づけを点検することは難しいでしょう。
企業の規模にもよりますが、戦術と戦略をきちんと区別して、役割を明確にすることがポイントになります。戦略は戦う相手を明確にし、どう攻めるかを指示することです。戦術は指示された方針を受けてどう戦うかを考えることです。軍事学では戦略は参謀本部の仕事です。戦術は師団(15000人規模)→連隊(3000人規模)→大隊(1000人規模)→中隊(300人規模)→小隊(100人規模)→分隊(10人規模)とターゲットを細分化していくわけです。そこには権限に応じた責任者がいます。この区分自体ドイツのまねをしていますので、色々と不都合があったといわれています。情報を軽視し、精神力だけを強調していましたし、卒業時の成績だけで以後の昇進を決定づけました。つまり記憶力の優れたものや立ち回りの上手いものが軍の中枢を独占したのです。参謀本部要員は、陸軍大学を優秀な成績で卒業したものしか配置されませんでした。エリート偏重ですから失敗をしても無謀な指揮命令をしても、責任は実行部隊である師団長以下の責任になったわけです。この弊害事例は現代の日本国内でも多く散見されます。
話が大分横道にそれましたが、企業でも規模に応じて参考にすべきです。戦略は社長以下役員が決めるべきで、下位職に丸投げするものではありません。社長、役員は戦略の立案と現場指揮が欠かせません。勿論具体的な現場指揮は下位リーダーに権限移譲することになります。部長職を置くならば最低2人は直接指揮命令下に置くべきです。部長職の下に課長クラス各3名、課長の下に係長職クラス各3名になります。この基本組織から業務の権限と範囲を決めれば効率的な組織運営が可能ではないでしょうか。
旧帝国陸軍の失敗から学べるものは、情報の重視とロジスティクスの重視です。現代の企業に置き換えると情報の重視は、マーケット動向と顧客動向です。ロジスティクスは人員配置と業務ローテーションです。3現主義と言われますが、「現場に行って、現物を見て、現物を判断する」が中々徹底されません。それと「ホウ(報告)・レン(連絡)・ソウ(相談)」にバイアスがかかりきちんとされていません。これでは上位職に行けば行くほど的確な判断ができません。頭では理解していますが、新人・ベテランも含めて徹底されていないのが実情です。そこで大事なのは組織に応じた各リーダーの存在です。このリーダーの、部下に対する日常的な点検管理が大事なのです。これは躾ともいえます。「忘れた」「うっかりした」は日常的に起こります。これを防止するのがリーダーの点検なのです。部下の日常行動や顧客との面談結果はリーダーの眼です。見て問題があれば自分の耳で確認するべきです。耳で確認するとは現場に行き顧客と話すことです。この基本動作を全うできないリーダーはリーダーとしてふさわしくありません。日常的な細かい指示や指摘が部下の成長を助ける事になり、自分のチームの業績にもつながります。先に挙げた「道頓堀ホテル」の例は、部下からの情報の吸い上げとマーケット志向の考え方が浸透したからです。それはリーダーの地道な情報の吸い上げと挙げられた情報の精査があったからです。そこにはリーダーの謙虚な前向きな姿勢と、企業存続の危機感が従業員に浸透したからです。単なる思いつきや一片の命令ではできません。一時的に情報が挙がっても長続きはしません。
多くの企業がそうであるように、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」なのです。負けにはその原因が同じだという事です。顧客無視→市場無視→売上下落→倒産の図式が当てはまります。当社のように経験と知識を売る企業では、顧客のニーズを常に把握し顧客に寄り添う姿勢を社員全員に徹底するしかありません。社員教育こそ当社存続の要になります。
アーバン企画開発グループ相談役/合同会社ゆいまーる代表社員
三戸部 啓之










