345号-2026.6

[ 2026.6.1. ]

345号-2026.6

 Appleといえばスティーブ・ジョブズだが、彼の性格もあり自分の会社から追放されたのは、周知の事実である。その原因は組織内での対立といわれている。その後、Appleに復帰し落ち込んでいた売上を回復させ、世界的企業へと成長させた。ではなぜ、ジョブズは瞬く間にV字回復を成し遂げられたのかその秘密は中小企業もよく陥る罠からの脱却にあった。その罠とは「選択のパラドックス」といわれるものである。「売上をアップさせるために商品ラインナップを増やし、より多くのお客さまを呼び込もうとする」というのは多くの企業で行われている。ジョブズ追放後、Appleも同じように「家庭向け」「教育機関向け」「デザイナー」「クリエーター向け」「モバイル向け」「専門分野向け」とマッキントッシュを多角的に展開した。選択肢を増やした結果、何が起こったのか?お客さまはどれが自分に合った商品かわからず「どの商品も買わない」という選択をした。結果、売上は低迷。その他、PC周辺機器にも手を出していたAppleは、不採算商品を増やしただけとなった。確かに「選択肢を増やす」というのはある程度までは売上アップの効果を期待できる。しかし過度な拡充はお客さまに混乱を与え「買わない」という選択肢を与えてしまう。これが「選択のパラドックス」といわれ、「選択肢が増えるほど、かえって人は満足しにくくなる」という心理現象を指す。アメリカの心理学者バリー・シュワルツが提唱した考え方で、現代社会では「選べる自由」が必ずしも幸福につながらない理由を説明している。これを要約すると、以下の4つになる。

  • ①決めるのが大変になる
  • ②もっと良い選択肢があったかも?と後悔しやすい   
  • ③期待値が上がりすぎる
  • ④自分の選択に責任を感じすぎる

 このような心理的障壁をどこまで知っていたかはわからないが、ジョブズは、Apple復帰後この商品ラインナップをプロ向け:デスクトップ・ノートPC、家庭向け:デスクトップ・ノートPCという分かりやすい4機種にすぐさま変更した。「10億ドルの赤字企業だったAppleをたった1年で3億ドルの黒字へと転換」し、すさまじいV字回復を成し遂げた訳だ。“ジョブズの復帰に話題性があった”というのは、間違いなく売り上げへの貢献があったのだろう。しかし、消費者志向の展開に修正していなければ、売上は横ばいだったはずである。
 このように、自社のビジネスの中でも、ジョブズ復帰前のAppleのような「選択のパラドックス」が起きているかもしれない。とはいえ「製品を絞ろうにもどう絞ればよいのか」「その後の商品のアップグレードは どうしていけばよいのか」と悩む方もいるかもしれない。

 実は、判断時に見るべきポイントはたった一つしかない。ターゲティングである。このたった一つさえ見えれば、お客さまに求められ、競合にも負けない商品展開ができる。
 この教訓から言えるのは「弱者は商品の幅を狭くして経営力の分散を防げ!」ということだ。戦略をさほど意識しない経営者は「幅を狭くしたら売り上げが落ちるのではないか」「幅を狭くして勝負できるほど強い商品はない」などと答える。客層を絞っている経営者は、商品の幅を狭くすることの重要性を理解できる。一方、客層を幅広く設定している経営者は、商品の幅を狭くすることは命取りになると表現する。幅広い客層からお客を獲得するか、特定のお客を増やすか、どちらを選ぶかで商品の幅が違ってくるはずだ。商品と客層は表裏一体の関係にある。

 特定の商品、サービス、技術を求めるお客を増やしたければ、客層を絞るべきだ。特定の客層のお客を増やしたければ、その狭い客層のお客に最適な商品に絞るべきである。「海外の料理」は幅広いが、「イタリア料理」となると一気に幅が狭くなる。とはいえイタリア料理にはパスタ、ピザ、リゾットなどいくつかの種類がある。更に幅を狭めると、パスタには「ナポリタン」「カルボナーラ」「ペペロンチーノ」などがある。そこに着目した経営者がいる。「イタリア料理店」ではなく、「ナポリタン専門店」「カルボナーラ専門店」「ペペロンチーノ専門店」を作ったのだ。

 商品の幅を狭くすると、原材料など仕入れ面を絞ることができる。製造作業も絞られる。人員も絞られる。商品の幅を狭めると、厨房やストックスペースなどを中心に店舗面積もコンパクトに抑えられる。よいよい尽くしだが、後で述べるように落とし穴もある。真似されやすい、飽きられやすいという点だ。だが経営力の分散を防ぐことで収益力の高い経営ができているのは間違いがない。さらに「イタリアン」ではなくナポリタン専門、カルボナーラ専門と聞くと、「専門店ならさぞかしおいしいに違いない!」と思ったり、「自分の好みのナポリタンが食べられるかもしれない」と期待したりするものである。結果、集客力の高い店づくりが実現できる。
 卑近な例でも、このセオリーに合致した例はたくさんある。「吉野家の牛丼」である。単品で「早い、安い、うまい」の3拍子がそろい、外食のファーストフード化を日本で先導した。特に1970年代~1990年代にかけて、都市部のビジネスパーソン の生活スタイルに完全にフィットし、圧倒的な指示を得た。まさにセオリー通りの店舗展開をしたのだ。ところが好事魔多し。2004年にBSE問題による牛丼販売休止に追い込まれた。若い人にはBSE問題というのは、ピンと来ないかもしれない。BSE(牛海綿状脳症)問題は、異常プリオンによる牛の脳が海綿状(スポンジ状)になる感染症が引き金となり、2000年代初頭に世界的な食品安全パニックと経済的損失をもたらした問題である。吉野家の最大の挫折は、アメリカ産牛肉の輸入停止に伴う牛丼の販売休止である。他社はオーストラリアなど多方面から調達したが、吉野家はアメリカ産にこだわり続けた。その結果、吉野家の主力商品が売れないという前代未聞の事態となり、経営は大きく揺らいだ。この時期に競合の「すき家」が急成長しシェアを奪った。
 すき家と吉野家の根本的な戦略の違いは、4つに分ける事ができる。

  • ①すき家は面で攻め、吉野家は点を磨いている

 ロードサイド中心に大量出店し24時間営業を徹底、小型店でも展開し、空白地帯を埋めるドミナント戦略をとってきた。つまり、どこにでもある牛丼屋を実現し、利用頻度を最大化するモデルである。反面、吉野家は都市部、駅前などの立地の質を重視し、店舗数を厳選し、ブランド価値を重視してきた。選ばれる牛丼屋を目指す、質重視のモデルである。

  • ②すき家は多品種、吉野家は専門性を目指している

 すき家は牛丼に加えカレー、海鮮、定食、期間限定、トッピングの多様化で、飽きさせないことを最優先し、家族客、女性客も取り込み、フェミリーレストラン的な総合外食に近いモデルである。吉野家は牛丼を中心に、メニューは比較的絞り、味の安定性と提供スピードを重視、牛丼の専門店というブランドを守っている。

  • ③価格戦略でもすき家は柔軟、吉野家はブランド維持を固辞している

 すき家は値下げ競争にも積極的で、低価格帯のバリエーションを多く用意し、コストパフォーマンス重視の層を強く取り込んできた。吉野家は安売りしない方針を長年維持、値下げ競争には消極的で、価格よりも品質、ブランドを優先してきた。この違いが牛丼戦争の明暗を分けた時期もあった。

  • ④すき家は効率化、吉野家は職人性を持つ

 労働基準法上問題になったが、ワンオペ問題が象徴するように、極限まで効率化し、セントラルキッチン方式で調理を簡略化し、人件費を抑えて薄利多売を成立させてきた。吉野家は店内調理へのこだわりが強く、味の再現性とスピードを両立する為の独自のオペレーションを実施し、効率化より品質を優先している。

 このような例からも、経営資源の乏しい中小企業経営では特に「選択と集中」が叫ばれるが、そこには採用せざるを得ない必然性がある。商圏や客層を絞れば、経営資源の集中により、大手とも対等に戦える。業種にもよるが、食品に限れば「お客の舌は飽きやすい」という点も考えなければならない。顧客のニーズをダイレクトに反映できるからである。味の伝統を何代にも守り続ける企業もあるが、お客も世代交代がある以上、その味覚は固定したものではありえない。その世代に合わせた味覚が必要になるということだ。ここでしか出せない味も可能になる。つまり、時代に合わせた品質やサービスが求められることになる。

 中小企業こそイノベーションの最先端にいるべきである。「昔はこうだった」は禁句だ。十年一日のような我々不動産業界でも、コロナ以後は、DXも含め業務自体が大幅に変化している。当社の方針である「顧客の最良のパートナーになる」についても、時代が変われば顧客の求める内容は変化している。まだまだ昔のサービスや行動パターンから脱皮できない社員もいるが、教育を通じて時代に合わせるのも経営トップの役割と認識しなければならない。

   アーバン企画開発グループ相談役/合同会社ゆいまーる代表社員 三戸部 啓之