288号-2021.7.25

[ 2021.7.1. ]

288号-2021.7.25

不動産投資物件の販売を行っていた相模原の則武地所が自己破産した。

破産に至った経緯は入居者の女性が腐食した階段から落ち死亡した事が直接の原因になっていた。高利回りをうたい文句にしていた物件なので、賃料を高めにするか、工事費を下げるしかない為、いずれ行きづまるビジネスモデルだった。その結果2017年4月の売上高20億円をピークに2020年4月期は売上が半減し、下請け業者への支払いも一年以上遅延し、破産申請時は負債額6億円になった。

一室当たり約250万と同業他社に比べて20%以上の低単価が売りだった。投資対象としては利回りが多く期待できるという点から、個人投資家の評判を呼び、2010年4月以降だけでも都内や神奈川県内で166物件にも達していた。国交省の指示を受けた自治体の調査によると57物件で階段の劣化が確認された。

当社の管理物件の中にも、則武地所施工の物件が1棟存在した。直ちに一級建築士による現場調査を実施、不良個所がないか調べた。先の死亡事故が発生した物件は築8年という事であったが、当社の管理物件は築4年で、幸いにも当該部分の腐食もそれほど進んでいなかった。他の危険が予想される改良個所も合わせて所有者にお伝えした。

外階段崩落事故の概要は以下のとおりである。

本来外階段は鉄骨で施工するのが普通だが、この物件は木質で段板と踊り場を施工し、その上にモルタルを被覆していた為、外見上は普通の鉄骨階段にしか見えない。勿論、裏側に回り、叩けばわかるが、建築業界の意表を突く仕様で、見落とす可能性は高かった。しかも段板自体が「ササラ:鉄骨階段を支える梁」に溶接やボルト止めではなくビス止めしており、段板の腐食が進めば脱落は当然に起こる構造になっていた。

当社管理の則武地所施工物件は新築であったが為に、当社の管理受託の担当社員はその辺を見落としたようだ。契約後であったため指摘しても売主から是正はされなかっただろう。そこが管理会社の限界でもある。

買主からの契約不適合責任の追及は逃れるだろうが、事故から1ケ月もたたず破産した同社の経営姿勢からは関係者と真摯に向き合う誠実さは感じられない。被害者に対しての取締役個人としての賠償責任、司直による業務上過失致死の刑事罰の追及は逃れられない。この物件を仲介した不動産会社の仲介責任も発生するだろう。又、物件所有者に対して入居者側から瑕疵部分の是正請求が起こり一定の負担を強いられる事になるだろう。

通常、所有者は施工会社にその費用を請求する事になるが、破産した会社に支払い原資がそこまであるとは思えない。則武地所の子会社で施工会社でもある「(株)建築や」も同じく倒産しているので救済措置も厳しい。高家賃保証、高利回り保証をうたい文句に、不動産投資や老後の安定収入として勧誘する不動産会社が多いが、資産として30~50年と長期保有しなければならない物には、冷静な判断が求められる。「安物買いの銭失い」と今の世でも十分通用する警句だ。

帝国データバンクによれば、業界内で「コンプライアンス面での課題が散見される会社」とみられていたとの事。具体的には、2013年3月工事現場で有資格者の作業主任者を置かずに作業させたとして相模原労働基準監督署から労働安全衛生法違反の疑いで書類送検、2013年11月建築確認を受けていないのにも関わらず、架空の建築確認番号を表示し新築建売住宅の広告をした為、宅建業法違反で行政処分、2020年2月産業廃棄物処理基準に従わない処分を行い廃棄物処理法に基づく行政処分等、数々の不祥事が過去に発覚していたからだ。更に内部管理体制にも以前から課題があったようだ。2017年12月に就任した登記上の代表者と実質経営者が異なり、この実質経営者が中心となって経営の意思決定を担っていた。

取引先や調査会社の間でこれだけ悪評が流れていたものの、すぐに表面化せず、一定の引き合いがあり、会社のイメージアップに寄与したとみられるのは、見栄えのいいホームページだった。

現在は閲覧できないが、トップページには「薫るヒノキ、広がる笑顔」に続き、「工程のすべてを自社で行う事で、快適なヒノキの家を驚きの低価格でご提供いたします」とある。何も知らない人が見たら、この会社に頼んでみようかと思っても不思議ではない程、好印象を与えるホームページだ。まさか死亡事故が発生し、警視庁から捜索を受けるような会社にはとても思えない。

遠くは、2005年姉歯一級建築士による構造計算偽造事件で大手分譲マンション業者のヒューザーから始まり、2007年東洋ゴム工業耐熱パネル性能偽装事件、アパ京都ホテル耐震偽装事件、2014年住友不動産マンション傾斜事件(熊谷組による施工不良)、2015年東洋ゴム工業免震ゴム性能偽装事件、三井不動産マンション基礎杭データ改ざん事件(旭化成建材)、2018年にはレオパレス21による界壁施工不良事件は全国的に被害が広がり1895棟と未曽有の発生件数となった。

これは建築業者の選定にあたって知名度や規模は関係がない事になる。すぐに駆け付け対応ができ、不具合があった時にきちんと保証できるだけの財務的基盤や改修施工実績が判断の目安になるという事だ。
これを契機としてマスコミは建築施工に対して継続的なキャンペーンを張り、消費者問題として取り上げ始めた。これにより、建築施工に対する貸主や入居者側の視点は厳しくなるだろう。それと連動するように民法改正が重なり、今までは賃貸物件に入居中の不具合に対するトラブルは保証基準が明確でなかったが、使用不能に該当する部分の賃料減額請求権が明文化された。具体的な補償内容は判例や事例の積み重ねになるが、民法の規定により当然の請求として入居者から起こる事が予想され、現に当社でも不具合に対する問い合わせ件数は多くなってきた。民法上は賃料を受領している以上、入居者に使用収益させる義務があり、それに基づき修繕義務もある。当初予定した使用収益ができないならば、当然に修繕を要求する権利があり、それが適時にできないと賃料減額や解約に発展する可能性がある。管理上、問題なのは設備機器の不具合による場合だ。設備機器自体大体10年で更新時期になる為、貸主にとり大きな一時出費が避けられない。特に新築時に高賃料を設定するために、建築業者からの提案で高価な設備機器を入れたり、規格外の建具などを入れたりするケースがある。付加価値を高め請負額を増やすことは、建築業者側の論理からすれば当然だが、建物の経年変化とともにその優位性はなくなり、その維持費用もバカにならない。しかも、設備機器の更新時にあたり、調達するのに汎用品以上に納期がかかり費用も高価になる。費用負担と賃料減額のダブルパンチに合う事にもなる。

人口減少下で賃貸経営はますます厳しくなっている。優良な入居者に如何に長く居住してもらうかが、安定した賃貸経営のポイントになる。的確な賃料設定と募集体制、優良入居者の選定ノウハウ、入居者の問い合わせに対する的確な対応と納期の順守が最低限必要になる。これからは益々管理会社の重要性が出てくる。これらの項目はどれ一つとっても管理会社にとり永遠のテーマになっている。的確な賃料設定とは、間取りはもちろんの事、季節変動により賃料が変化するという事だ。そこに地域相場という変数が加わるからかなり難問だ。トップシーズンに入居した入居者とオフシーズンに入居したものがあればクレームは当然に出てくる。ホテルのように短期滞在型であれば問題はないが、中期長期入居が当たり前の賃貸では問題になる。しかも、増額請求はできないが、減額請求は権利として認められる借地借家法という網がかぶさるから厄介だ。

持ち家数と貸家数が世帯全体を超えて久しいが、老後の安定資金不安という社会保障制度の不備を突いて貸家着工数は依然多い。益々、優良入居者の長期入居確保が管理会社の最大のミッションになる事は疑いがない。

                                                                                  会長  三戸部 啓之