311号-2023. 6

[ 2023.6.2. ]

311号-2023. 6

 

Amazonの快進撃が驚異的だ。Eコマース市場を席巻している。一昔前までのAmazonは「オンライン書店」にすぎなかった。創業者のジェフ・ベゾス氏が1994年シアトルの自宅ガレージで事業を開始し、早くも設立から3年後の1997年に米株式市場NASDAQに上場した。発想の独創性もすごいが彼の前職ニューヨークの大手ヘッジファンド「D.E.SHAW」で、たった入社4年で副社長の座迄登りつめた程の才能と能力もあった。

 

2001年には、音楽やDVD、ゲーム、ホーム&キッチン、スポーツ&アウトドアなどの商品を増やし2015年動画見放題サービス「Prime Video」音楽配信サービス「Prime Music」へと広がったのは周知の事実だ。Amazonの躍進の秘密を知ろうと数えきれないほどの書籍が出ている。彼がこんな事を言っていた。「他社と当社の最大の違いは、当社のビジネスの中核がモノを売ることではないと言うことだ」「我々のビジネスの本質は、人々の購買判断を助けることにある」という新しいコンセプトを挙げた。「人々の購買判断を助ける」このコンセプトに基づいてAmazonはレビュー、レコメンデーションと言った顧客の購買決断を助けるためのソフトウェアの開発に膨大な投資をした。そしてそれは恐ろしいまでに徹底している。例えば、1年前に買ったことをすっかり忘れて同じものを注文しようとすると、『この商品の前回の購入日は、2022/5/23です!注文の詳細はこちら』というメッセージが出る。さらに「この本を読んだ人は○○も読んでいます」というレコメンデーションの合わせ技もある。「売上をあげる」と言うのが基本コンセプトであったのならこんなメッセージ機能は不要で、それに伴う施策も限定される単線思考に陥りやすい。しかし、「購買判断を助ける」と言うのが基本コンセプトなのであればこれは当然の機能になる。こんなことまでやっていたら短期的には売上を失うが、長期的には顧客からの信頼を得て、売上はアップするという。

結局のところ、「全てはコンセプトに忠実であること!」が長期的な利益をもたらすと言うことなる。そして、ここからどんなに苦しくてもそこから離れてはいけないという教訓に導かれる。参考になるのは「蔦屋:TSUTAYA」の[TSUTAYA TOKYO ROPPONGI、改装後:六本木 蔦屋書店]だ。当時はまだ珍しかったBOOKCAFEという業態でオープンし象徴的な店舗として人気を博し、二子玉川蔦屋家電へと発展してきた。蔦屋書店の田島直行氏によると、「私たちはレコード屋をやりたいわけでも、本屋をやりたいわけでもありません。モノを売るのではなく中身=コンテンツを提供するのがツタヤの使命と考えています。」のようにレコード、ビデオのレンタルと書籍の販売から始まった店舗だったが、そのコンセプトは「ライフスタイルを選ぶ場所」だった。お客様が憧れワクワクしてハッピーになれるようなインスピレーションやライフスタイルを提案していける店であり続けたいとの軸が明確だ。

 

通常、我々は「コンセプト」と「テーマ」を明確にしていない。コンセプトは「概念」のことであり、「テーマ」は主題のことで、コンセプトはビジネスやマーケティングにおける概念や考え方として扱われ、テーマは特定の分野の議題に対する主題として扱われるが、根本的にコンセプトとテーマは使用される場所が異なる。コンセプトが重要である理由は、①ビジネスの成功確率が高まる、②何をすればいいのかが明確になる、③ターゲットに刺さりやすくなる等である。

これが常識的理解だが、前掲のAmazonの創業者ジェフ・ベゾスの考え方は相当に違う。思想背景が根本的に違っている。常識的理解からは「人々の購買判断を助ける」という発想は出てこない。書籍の購買数は激減している中で、「本を売る」には販売拠点を増やす、本の種類を増やす、売れる本を作るがテーマになる。そこにコンセプトを見出すことは難しい。

 

軸のブレがあると他社との差別化は本質的なところでできない。価格競争や出店競争で互いに疲弊するだけになってしまう。これが一般的な出版業界の傾向だろう。幻冬舎のように売れる本を作る姿勢を堅持している所は少ない。また岩波書店のようにコンセプトを明確にし、出版姿勢をかたくなに守っているのは、コンセプトがいかに重要かを証明している。加えてAmazonが凄いのは、「ロングテールというビジネスモデル」の体現者だということだ。ロングテールとはご承知のように、インターネットにおける販売の手法で、主要な売り上げを占めるヒット商品以外に、販売機会の少ない商品を幅広く取り揃える事で、総体としての売上を大きくすることを意味する。一般にリアルな店舗では、上位20%の商品が全体の80%の売り上げを構成するといわれる。しかし、売り場面積に制約のない仮想店舗においては上位20%以外の商品売り上げの集積が無視できない規模になる。これをネット上でシステム化し世界で一番早く提供したのがAmazonである。しかも、その延長線上に、ユーザーの「こういうサービスが欲しかった!」を追求する姿勢がある。顧客志向はいつでもだれでも唱えているが、具体性と実現性に大きな違いがある。Amazonは膨大なデータに裏付けられており、顧客志向も現実性と適時性があるからだ。

ここまでデータを収集し戦略を考えているから、出版不況下にあっても着実に業績を伸ばしているわけだ。配送の効率化をもとに即日配達等従来のビジネスモデルの数歩先を行っている。

これでは他の企業は太刀打ちできない。「読みたい、使いたい」と思えば一日でも早くほしいわけで、かの会社のコンセプトである「購買判断を助ける」に合致しているわけだ。製品でもなく価格でもなく、「なんでも早く手に入る」ことを差別化要因にしている。これは現在においては製品の機能や価格だけでは差別化できないことを意味している。これは数週遅れの我が不動産管理業界でも大いに参考になる。

 

データでものを見、考えるのを踏まえ、「いかに顧客に最高の住環境を提供できるか」が問われている。2021年賃貸住宅管理業法が施行され、管理戸数200戸以上の業者登録制度と資格者の管理内容説明義務が課せられ、国交省の監督下に入った。まだまだ制度的不備は否めないが、それを機に生き残りをかけた業界の淘汰が始まるだろう。管理内容の拙劣さや対応のまずさを好機としてビジネスチャンスとばかりに攻める大手管理会社も出るだろうし、ハウスメーカーなどは新築需要の低迷から老朽家屋の建て替えにシフトしており、従来の自社新築のサポートとしての管理会社の位置づけから、他社物件も含め老朽アパート全体をターゲットにした管理取得へと舵を切っている。1020年の長期的な囲い込みで自社建築につなげようとしているのだ。

何処の業界でもデータをもとに戦略を考えるのは常道だが、我々不動産業界では、遅ればせながら今回のコロナ禍でやっと端緒についたところだ。「モノからコトへ」の消費者の変化もある。

顧客が製品やサービスを使う事で「どのような経験を得られるか」という顧客経験をもとに行動する企業になる必要があり、それができる企業は他社と差別化された付加価値のある製品とサービスを提供できる。企業のコンセプトは「顧客志向」を具体化したものであることが必須だ。

従来、不動産のビジネスは「現況有姿」という極めて簡単な商品説明で済んだが、最近では賃貸でもレントロールをはじめ設備、内装仕様、構造、居住性、修繕履歴、居住履歴、周辺環境、ハザードマップ、利便施設、学区と居住に必要な説明が求められるようになった。年間に賃料総額が100200万の買い物であれば、それなりの商品説明は当たり前だが、不動産業界にあっては負担に感じる業者も多い。入居者を消費者ととらえれば当たり前だが、マダマダ顧客志向をきちんと社内で組織だって作られている会社は少ない。

賃貸住宅管理会社ほど社員のマンパワー次第で評価が決まる業種も少ないので、管理戸数や資本金の多寡での差別はできないだろう。そこに地域密着型企業の生き残る道があるといえる。

 

                                                                                                     会長  三戸部 啓之