322号-2024. 5

[ 2024.5.1. ]

322号-2024. 5

 人材育成が経営課題となって久しい。少子化による労働生産人口の減少は、社員のエンゲージメントと生産性向上が至上命題となっている。社員の転職や退職が当たり前になり、いかに社員を囲い込み永続的に勤務させるかが必要となってきた。過去30年の間に雇用環境は「採用してあげる」から「入社していただく」へと激変したことになる。更にいまでは「勤めさせてやる」から「勤めていただく」になった。経済の流れも「人的資本主義」へとなり、「人材」から「人財」となった。

 

 1990年代の日本は、世界で最も人件費の高い国となっていた。1985年のプラザ合意をきっかけに、為替市場では円高ドル安の流れが加速し、プラザ合意の前、1ドル240円だった円相場は、1994年には1ドル100円を突破し、1995年5月には1ドル79円75銭と当時の最高値を記録していた。グローバル化で価格競争が激しくなる中で人件費をいかに抑制するかが至上命題になっていた。年功序列と終身雇用はコストが高すぎて持続できなくなっていた。

 そこで「雇用ポートフォリオ」という新しい雇用システムが考え出された。正規雇用だけでなくパートタイマー、契約社員、派遣労働者など様々な雇用形態を組み合わせるのが、将来の不確実性に対処するために有効な手段として考えられたわけだ。経済が停滞するなかで、これは、日本的経営の基本理念である「人間中心の経営」「長期的視野に立った経営」を否定することにつながった。雇用・労働政策に市場主義を持ち込む規制緩和は劇薬でもあったはずだ。90年代後半以降、職業安定法や労働者派遣法などの労働関連法の見直しが行われ雇用の劣化や低賃金につながった。

 それまで労働者を「ヒト」として扱っていた経営側が労働者を「モノ」として扱うようになった。派遣に発注を出すのは人事労務ではなく、現場の資材や部品を買い付ける購買部になった事に裏付けられる。リーマンショックによる「派遣切り」が社会問題となり派遣労働者が「雇用の調整弁」として使われた。更に問題なのは全労働者の40%が非正規労働者という現実だ。企業が利益を上げられなくなる中、会社の賃金制度もこれまでの「年功型」から「成果報酬型」に変更しだした。 

 正社員も対岸の火事では済まなくなった。少子化もそれに輪をかけた。時短が当たり前になり休日も増えれば、労働生産性を挙げなければ企業は成り立たない。

 企業側の労働分配率を下げ人件費を減らすなら、生産性の悪い従業員の解雇も簡単にする必要がある。雇用する従業員にもスキルアップを求めることになる。デガラシに近い中高年従業員や生産性も落ちた中年以上の従業員には学びなおしが必要になる。それが最近言われ始めたリカレント教育やリスキングだ。

 副業の解禁も雇用側企業のベースアップに配慮する必要はなくなり、将来を保証する従来の企業依存型雇用関係は解消する。企業側の視点は伸びしろのある若い従業員に経営資源を注力することになり、挨拶やビジネス文書も満足に書けない若い従業員の教育がメインになってくる。

 しかし、昭和の社員教育しか知らない先輩社員や管理職は令和の時代の教育方法を知らない。上位下達の組織であればそもそも社員教育なんて必要なかった。上司は目標を提示し「やれ!」で済む。できなければ「あいつは使えない!」で、替わりはいくらでも補充が効くからだ。その末路は1980年代初期の「社内ニート」「窓際族」だった。高度成長期の人材リストラのバッファーだったが、彼らの定年退職に伴い聞かれなくなったし、昨今の低成長下では企業側も抱える余裕はなくなった。上司や経営陣は、いかに馬車馬のように働かせるかが主目的な社会環境では、時任三郎の「24時間戦えますか!」という栄養ドリンクコマーシャルが当然のように流されていた。豊富な人材資源の時代に当然だった人材育成の中身が、労働生産人口の減少下ではパワハラ、セクハラとして糾弾されるからだ。こうした風潮の中で都市伝説的な企業がいくつかある。
 奈良の薬師寺等、名だたる寺の再建工事に携わってきた宮大工の小川三夫氏は「弟子は育てるのではなく、育つ環境を作る事が肝要!」と話す。弟子入り時代も棟梁から手取り足取り教わったことはありません。ただ一度「かんな」を引いて見せ、かんな屑はこんなものだと言われたことがあっただけです。私はそのかんな屑を部屋の窓に貼り付け、それを見ながら自分でも同じく出せるように刃物を研ぎ、修行しました。上に立つものは自分の仕事を見せつけ、弟子からああなりたいと思わせることです。

 人によっては「こうやってこうやれ」「俺はこうやるんだ」と教える事がありますが、そうすると反発が起きる。教えるのではなく、うまく理解させていくのがリーダーに必要ではないでしょうか」弟子たちの尊敬を集めることは簡単ではないが、「弟子たちと同じ部屋で生活し、一緒に食事することです」仕事だけの関係では職人たちは私の言うことを聞いてくれません。

ある園芸家の話も人材育成に大いに参考になる。

  1. 1. 草花の種類によって、20㎝まで、50㎝まで、1mまで、と伸びる高さは決まっていて、それ以上に伸びない。しかし、だからと言って手を抜くと、その高さまでも伸びない。
  2. 2. 生きる範囲が狭い鉢植えよりも、生きる範囲が広い地植えの方が、草花は元気に大きく育つ
  3. 3. 植えて綺麗に咲く草花やバラもあれば、すぐには綺麗に咲かないが、3年なり5年なり我慢して育てていると根が充実して、別人のように綺麗に咲きだす草花やバラもある。
  4. 4. 暑さに強い草花は寒さに弱く、冬に枯れる。寒さに強い草花は暑さに弱く、夏に枯れる。暑くても寒くても元気な万能草花は非常に少ない。
  5. 5. 綺麗な花が咲かない草花ほど、実は丈夫で育てやすい傾向がある。
  6. 6. 香りがよくきれいな花が咲くバラほど、消毒や肥料が必要となり手間がかかる。香りがなく地味な花しか咲かないバラの方が、手間がかからず丈夫である。
  7. 7. 雑草をなくそうと思っても無駄だ。なくす方法を考えるよりも、ある程度の雑草は気にしない自分に変わることが現実的解決である。

どんなに優秀な社長でも自然の摂理に逆らうことはできないのだから、必要以上に急ぎすぎても仕方がない。粛々とあきらめずに、休むことなく継続して人材育成に取り組むしかない。

 この二つの事例から、いつの時代にあっても社員育成の要諦は変わらないということがわかる。経営学では常に新しい言葉や横文字が闊歩し、欧米の成功例が知れ渡ると、それっ!とばかり乗り遅れるなとなびく。コンサル会社や人材研修会社が商材として売り込みに入る。昨今の国内では円安やドイツのインフレ率の高さが影響したといわれるGDPが、2024年にはドイツに次いで世界第4位に転落した。しかもドイツは日本の人口の2/3しかない。しかも1968年に当時の西ドイツを抜いてから55年ぶりに再びドイツに逆転されたことになる。2010年に中国に抜かれ2位の中国は日本の5倍のGDPだ。

ChatGPTに教えを乞うと以下の指摘があった。

  1. 主な原因としては、先ず競争力の低下がある。日本の企業は競争に対応するために効率性や革新性を向上させる必要がある。第2に技術とイノベーションの不足があり、新しい技術や産業の創出が重要といえる。第3に労働市場の柔軟性が指摘され、女性や外国人の労働力参加の促進が必要とされる。

ChatGPT先生による原因として通底されるのは、人材の活用である。労働環境を整え、教育体制の整備が近々の課題であるということがわかる。その為には経営陣も含め管理職陣の意識改革が必要だ。当社ではそれを「躾」と呼んでいる。体罰や過度な叱責が人権無視といわれる中では、相手の自覚に待つしかない。NHKの大河ドラマ「どうする家康」でも参考にするか?

                                                                                                                                             

                                    会長  三戸部 啓之