197号-2013.12.25

[ 2013.12.26. ]

197号-2013.12.25

ある居酒屋に「感謝してもしきれない 清水 英雄」が壁に掲示してあった。
よく読むと中々味わい深いものがある。内容はこうだ。

うちのようなお店がいっぱいあるのにお客様はうちの店を選んでくれた。
電車にのって車にのってわざわざ、来てくださった。
頭をいくつ下げても、まにあわない。
腰をいくら低くしても、おっつかない。
ありがたいことだ。      もったいないことだ。
こうしたお客様が、ますますわたしの店を大きくしてくれる。
感謝してもしきれない。   
ありがとうございます。 「お客様」

とある。この清水先生は「ありがとう志経営フォーラム(戦略社長大学)」や「ありがとう講演」や「ありがとう戦略」で有名な人だ。漢字で書くところをワザワザ平仮名で書くところがすごい。平仮名の会話性をうまくとらえている。
『「ありがとう」という5文字の言霊(ことだま)があなたを変える。人間力を高める最大のポイントは「感動・感謝・感激できる」ことにある』と当の清水先生はおっしゃる。

小泉首相の大相撲賜杯授与式での「感動した」の発言は、ワンフレーズの力強さを天下に示した。
かの首相の「ワンフレーズ・ポリティクス」は政策の良悪しは別に、分かり易い言葉で国民に浸透し理解を深め、争点を明確にした功績は大きい。 「感動、感謝、感激」には素直な心が必要だ。だから相手はストレートに受け止める。それは胸襟を開くことになり「返報性の原理に」よれば、それに応じた態度や返答が返ってくるわけだ。このプラスのスパイラルが相対関係にはポイントになっている。日本人は同種同族意識が強いため、同じものを食べ、同じ環境に暮らす事から、一々相手に主張しなくても「阿吽の呼吸で理解しているはずだ」という意識環境があった。「これだけの事をしたから、感謝されるのは当然だ」「この気持ちは当然わかるだろう」の言語環境下では、かえって「押付けがましい奴」「感謝の押し売りをしている」とマイナスの判断をされた。「目立たない」「主張しない」事が、村社会で仲間意識を作る上では大事なことだった。「みんなの為に我慢する」事が求められていた。「自重する」という言葉も死語になった。その意味から戦前は本来の意味の民主主義的理解はなかったといえる。戦後はその反動として「自分の考え」を主張することが当然と考えられ、我慢する事はそれを是認したとして不利益を甘受する事になった。今やそのマイナス面も無視できないくらい暴走を生み大きな社会問題になってきた。自己主張だけではない。人に感謝する心や、感激、感動するシーンも自己中心的、動物的直接的だから一般的接点がない。相手を慮る心や敬う心がないから、独りよがりで他者との共感性もない。ある一定の仲間内での言語性しかない。同類のシグナルや符牒にしかならないから、その発言方式も消費的一時的言語になる。

だから共有化する為にも、「やさしい言葉でやさしく書く」事が、口語性の上で必要なのかもしれない。紙媒体でしか言葉の共有ができないのは、寂しい社会になってきた。

しかし、こうも言える。
口舌という瞬間的消費性の高い言語は、即応性が求められるが、文言という手段は恒常的反芻的で理解度も高い。感情の行き違いというものもないから現代のような絆を求める病んだ社会には最適かもしれない。勿論それに達するにはそれ相応の訓練が必要だが・・・。
「ありがとう」だけではない。お客様に対する呼び名もずいぶん変わってきた。

一介の消費者・一見の客から「お得意様」とやがて「神様」になった。神様には逆らえない、その霊験新たな「お言葉」にはひれ伏すしかない。われわれ商人は神様に気に入られるように粉骨砕身、気を使い、神様の気に入る商品を開発してきた。需要が一巡すると更に神様は気難しくなってきた。気まぐれもある。要求が過激になってきた。特に欧米と違い「一神教」ではなく「八百万の神の国」だから、いろいろな神様がいる。だから、その要求に答えてきたJAPANの品質は世界一なのは当然だ。最近は神様ではなく社会的弱者に釣瓶落としだ。情報の格差が原因とされている。

それを逆手に取る輩もいる。クレーマーの出現だ。かってある大手重電メーカーの消費者相談室長の対応の仕方が、その消費者に全て録音され外部に公表された。新聞社を含め一時バッシングの嵐が吹き荒れた。新聞社を含めた報道機関は何時も正義の味方だ。庶民の味方を自負している。しかしキチンと自己責任を取らない不思議な業界だ。歴史を紐解けば報道機関の社会的責任である「正確性と中立性」にバイアスがかかっている例は数多くある。マスコミという営利会社である以上、我々は過度な期待を避けなければいけない。

最近は「お客様は悪魔である」という言葉まで出てきた。
「他人まで魔法をかけて巻き込む」「逆らうと会社をつぶしてしまう」「社員を言いなりにさせてしまう」「悪魔の言いなりになると大きな浪費を生み、時間とコストが大幅にとられてしまう」からだが、注意するのは「悪魔は疑い深い」という事で、又、臆病で慎重なのである。

ここでは一方的なセールストークや自社PRはかえってマイナスになる。相手の立場に立ったコンサルティングが求められる。コンサルティングは相手に有利な提案をする事だ。自社や自分にではない。「よく聞く」「相手の状況を把握する」「問題点やネックを確認する」「いつの時点で」が必要なのだが、しかも消費者は多面的な顔を持っている。「気分がいい時、気分が悪い時」「急いでいる時」と様々なシーンでは一つの正解がない。それぞれのシーンにあった臨機応変な言葉使いや態度が必要になる。様々なハードルを乗り越えて初めて提案が可能になる。「熟成」という時間も必要になる。

この「場と時間」を経て顧客に最適なコンサルが可能になってくるのだが、期限という制約の中で省略する事が多い。最終意思決定に必要な「ためらい」の解決方法も予め想定し仕込んでおく必要がある。そこで初めて「ありがとう」という感謝の言葉が出てくるのだ。

「ありがとう」といわれた営業社員は我が社に何人いるのだろう。その言葉があって、仕事に対する充実感や達成感が出てくる。

数ある接客の中ではクレームも発生する。だがクレームは改善の鏡といわれる。改善の宝庫で、これを無視する事は会社の成長と顧客満足をないがしろにする。
こちらに落ち度のないクレームというものは絶対にない、自分ではなくても会社を代表する以上逃げてはいけない。他部署や顧客自身の勘違いであってもその責任は自分にあると考える必要がある。
説明の仕方が不十分だとか、段取りを端折ったとか、他部門の工程を考えないとか、色々ある。その点検が改善に結びつき益々信頼を得る事につながる。

顧客はその担当者を信頼していたはずだ。その信頼を裏切ってはいけない。誠心誠意尽くすべきだ。
「ありがとう」と言われるためには、様々なハードルを越える事が必然だ。そこでの達成感や充実感が更に自分を鼓舞するのだ。 そして間違いなく君は成長する。

 社長 三戸部 啓之