社長の独り言

社長の独り言

[ 2019.7.1. ]

264号-2019.7.25

社会的弱者とは何だろう?と考えさせられる事が、最近頻繁に起こる。そこには「自称弱者の甘え」がある。「救済されて当然だ」という感覚だ。国も声の大きな弱者には弱腰だ。契約書も規約も弱者の前には効果が薄い。解釈という行為が伴う各種法律は、立場の違いでどうにでもなる。弱者保護のバイアスのもとに解釈すれば、立派に弱者の権利を100%以上保護することができる。それを「こじつけ」と言ってみても法律の専門家が下した判定は覆らない。

自称人権派の弁護士が跋扈する時代だ。彼らにかかれば古びた階級闘争間で資本家(搾取者)労働者(被搾取者)と捉えマスコミもその大儀名分に加担する。大家(搾取者)より借主(被搾取者)の方が多い。何しろ数の論理で来られれば多勢に無勢だ。結果的に借主の声が反映されることになる。数の多寡が正義という論理は少数者の意見を抹殺する横暴ともいえる。我々、賃貸管理を業務のメインにしていると、この理不尽さが日常的に起こる。滞納者のケースを見てみよう。

当社の契約書は法律専門家からすれば、ほぼ整合性と実行性から合格点が取れるレベルだが、その効果となれば疑問がつく。月初めの平均滞納額は約3700万、滞納率は6.3%、月末滞納額760万、滞納率1.3%という結果になる。1ヶ月の間に約3000万を回収するが、760万が繰り越すことになる。これがいわゆる常習滞納者だ。それから、あの手この手を使って督促をすることになる。勿論、例外はあるが、彼らには同情するべき理由は私的にはない。様々な理由をつけて弱者を演ずるが、その実態を知る者には笑止だ。勿論、例外的に「身をつまされる滞納者」もいる。

金銭管理が欠如しているのだ。30万しか収入がないのに40万の生活をすれば10万はショートするのは小学生でもわかる道理だ。ここに彼らの算数がある。クレジットで食いつなぐのだ。弁済期が来たらクレジットでその分を借り換えるのだ。自転車操業だが、短期間ではそれも可能でも何れ破たんする算数だが彼らはこれを繰り返す。最後は居直りで、「払うつもりはあるが、今はカネがない!」と御託を述べる。そこでは契約書条項は意味をなさない。自力救済は法治国家では禁止されているので、訴訟手続きに入る事になる。だが、時間がかかりすぎるのが大問題なのだ。

以前、常習滞納者に業を煮やした貸主が、貸室のドアを外したが住居侵入罪で立件されたケース、水道と 電気を止めたケースで業務妨害、ドアにくぎを打ち付けた事で監禁罪、ドアのカギを勝手に変えた事で住居侵入罪に問われた事もあったし、催促に行った社員に対して罵詈雑言をした滞納者に社員が暴力をふるったケースも社会問題になった。2010年には「追い出し法案」迄、立法化されようとした。賃貸住宅の貸主や、借主の連帯債務を請け負う家賃保証業者が規制の対象。深夜や早朝に家賃の支払いを督促したり、部屋から追い出すために鍵を交換したりすることや、「人を威迫し、私生活の平穏を害する言動」が違法と され、2年以下の懲役刑が科されるものだった。

ここに、日本固有の精神風土がある。「犯罪者の人権はあるが被害者の人権は軽んじる」と同じく、 債務不履行者の人権や利益は守るが、それを犯された側の利益は無視される、片手落ちのジャッジだ。これではお互いに権利義務があるという双務契約ではない。権利者は裁判手続きで救済されるから問題がないという発想がある。しかし、その機能がマヒしているという認識はない。ここには対等の人間が構成している社会という概念はない。

通常、3ヶ月の滞納があって訴訟を起こす事になるが、実際に審理開始になるのはそれから早くとも1ヶ月先だ。第1回目の裁判(口頭弁論)が行われるが、被告(滞納者)が出席しない事が多い、最近は時間稼ぎのため「答弁書」を提出するケースもある。その答弁書自体が「請求の原因については追って認否する」とだけあれば、又第2回目の弁論期日(約1ヶ月後)まで待つことになる。更に弁護士の都合でこれが延びる場合もある。滞納の場合は、請求の主旨が明確なため通常2回の審理で終結し、判決まで行くことになる。しかし、裁判官は相手の事情により「和解」を進める事も多い。判決を書くという手間を省くことができるし、裁判官の処理能力も判決と同じ1件という評価になるからだ。特に異動時期には早く結審したいため和解を勧める事も多いと聞く。実際「滞納額●●万を支払え!」という判決を得ても、払えないものは払えないので意味はなく、1日でも早く退去してもらった方が貸主の利益にもなる。そこで 「盗人に追い銭」ではないが、引越料とかの移転費用を肩代わりする事で退去を促進する事もある。

結果的に何のための裁判かは分からなくなってくるが、貸主の損害としては実質約6~10ヶ月分の賃料が 入らない事になる。それならば数ヶ月分の賃料を支払っても明け渡してもらう方が得だという事になる。 しかし、事はこれで終わらない。滞納者がこれで素直に退去してくれれば良いが、たまに無視する輩もいる。そうなると判決を盾に退去させることができず、強制執行手続きという裁判を起こさなくてはいけない事になる。これが2ヶ月ほどかかる。最悪なのは執行当日(断行)まで居座る入居者もいる。置いてある家具や電化製品は競落しなくてはならないから結局貸主が自己競落する。要らないものを又自己の費用で負担するわけだ。執行当日は執行官の日当や荷物を運び出す運搬業者の数人分の手間賃と運搬費用も更に加算される。結果的に5万の家賃で貸していた入居者による損害は、賃料30~50万、裁判費用20~50万、執行費用等15~30万、合計65~130万というバカみたいな負担になる。

過剰な人権保護を基調にした弱者保護はどんな契約書も守ろうとしない人には効果はなく、契約条項を守る人にしか通用しない事実は認めなければならない。相手の恣意に任せ る念仏と同じ効果しかないのだ。住宅が不足している数十年前の話なら、居住権保護とい う考えも理解できるが、今や空室率が首都圏でも25%の時代だ、住もうと思えばどこでもいくらでもある。何も継続的法律関係に「信頼破壊」の法理を持ち出さなくても、「滞納  2ヶ月」で解約事由が発生し、即強制執行ができる位の強行さがあっても道徳的批判はさ れないだろう。サヨクの人権派が大反対したが、成立した定期借家契約の立法経過のように、外圧が必要かもしれない。思想の脆弱さが戦後70年近く経過しても未だ引きずっているのは情けない 話だ。我々管理会社ではこの滞納者をいかに事前に排除するかが、管理会社のノウハウになる。更に、ハードルをスルーした入居者にいかに対応するかが管理会社の実力ともいえる。不良入居者を排除し、優良入居者に良い環境を提供する事が、物件の価値を上げブランドになる事を自覚しなくてはならない。生まれも育ちも違う生身の人間を相手にし、一つ屋根の下の住まう事の困難さは筆舌に尽くしがたい。共同生活のルールという基本的事項がなかなか守られない事が多い。共同生活自体したことがない世代が増えている。少子化で兄弟がいない、友達と遊ぶ機会も少なく、自分を抑える、我慢するという事もなく育った世代がある日突然に共同生活を始めるわけだ。問題が起きない事が不思議だ。まして自分で金銭を管理したことがない世代も増えている。入居審査のガイドラインは「賃料を支払えるかどうか」「共同生活をきちんとできる人か」 である。詳細はここには書けないが、毎年審査を通過した滞納者の人的属性や客付業者の属性を点検し、当社の審査項目に反映している。管理会社と悪質入居者との攻防戦は永遠と続く。この審査ノウハウと督促業務が管理会社のコア部分である点も再確認しよう。

社長   三戸部 啓之

不動産活用レポート

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