[ 2025.10.1. ]
337号-2025.10
最近、街で見かけるようになったRIZAPグループが展開する低価格ジム「chocoZAP」という店がある。これはご存じのように、親会社のRIZAPが2022年7月から始めたコンビニジムをコンセプトにした「会員制トレーニングジム」だ。レッドオーシャン市場に参入し「わずか1年」で会員数が80万人と「業界首位」を獲得した会社でもある。
さて、なぜchocoZAPは後発で業界参入したにも関わらず「開始1年余りで業界首位」という結果を出せたのか?その秘密は「ターゲット」の選定にあった。これまでの会員制トレーニングジムはダンベルやベンチプレスなどが置かれ「筋トレ上級者」や「本気で痩せたい人」向けの施設というイメージがあった。しかし、chocoZAPはダンベルもベンチプレスも置かれていない。これらを設置すると筋トレ上級者の会員が増え、初心者が通いづらい環境になってしまうからだ。そのほかにも、個室を用意・服装が自由など、ジム初心者にとってトレーニングのハードルを下げた店舗になっている。その結果これまでジムに行けなかった「初心者」に大ヒットしたわけだ。
スタートからおよそ1年で「会員数80万人・店舗数は880店」という異例のスピード成長を果たした実績が物語っている。(2025年6月14日現在1770店舗、130万人)
chocoZAPのヒットは「お客さまの隠れたニーズ」「他社がおこなっていないこと」「RIZAPの強みを活かす」といった「3つの視点」から自社商品を見ることで、強固な「強み」を生み出し成功を収めたのだ。この「3つの視点から観ること」は出来そうで出来ない。「これだ!」と思う「強み」が出来ても「実際に使ってみると反応が無かった!」なんてことも多いはずだ。多くの世の経営者が悩んでいる事の一つがこれだ。事業モデルを日々鍛え「コンビニジムからエンタメジム」へさらなる進化を狙う!にはどうするのか?この答えが「周囲に人がいてもマイペースでできる環境」を作る事だった。
SNSの反響では「ほかの利用客は2分だけトレーニングしてどこかに行ったり、セットの合間にスマホをいじったり、みんな意志が弱そうでとても心強い」という利用者の声があったという。RIZAPは完全個室を用意し他人と比較して一喜一憂するのではなく、自分自身が目標に近づいていればいいというものだったが、chocoZAPは「周囲に人がいてもマイペースにできる環境」を作る事にした。いつでも気の向いたときに気軽に行ける場所を目指したのだ。
24時間どの店舗でも利用可能、無人運営による月2980円の低価格を打ち出し、コスパ・タイパを求める消費者を引き付けた事も大きい。会員は専用アプリから店舗の混雑度を確認することも可能だ。又服装自由の為、ウエアーに着替えたりする必要がないのが特徴となっている。これらはRIZAPにないつくりになっている。
chocoZAPのアイディア出しの会議は原則30分だそうだ、社内や利用者アンケートなどで洗い出した案を矢継ぎ早に戦わせる。このフランクな議論ができる社内雰囲気こそ忌憚ない意見交換の場だ。chocoZAPが取り込んだのは「これまでほとんど運動をしなかった層だ」。マシン特化型のジムは男性客の方が多い傾向がある。対してchocoZAPは女性が52%と過半数を占める。
アプリでは足が遠のいている利用客へのプッシュ通知を工夫している。かわいらしいキャラクターが寂しがっているものから、筋肉隆々のトレーナーが土下座で再来店を訴えるものまで大量のパターンを試している。そのPDCAのサイクルは早く、効果の測定しやすい広告はたった一日で切り替えることも少なくないから驚きだ。「セルフネイル」「歯のセルフホワイトニング」「デスクバイク」「ワークスペース」「チョコカフェ」「マッサージチェア」等トレーニング以外のサービスが充実している点も強みで、多くの店舗にセルフエステやセルフ脱毛ができる美容機器を、一部店舗にはゴルフの練習ができる設備までを設置している。しかも利用者の分析結果を見て、マシンや機器の構成を最適化している為、顧客の利用率が低ければすぐに入れ替える機敏さを持っている。
ライバルの動向はどうだろう。米国を本拠地とする店舗数世界一の24時間ジム「エニタイム・フィットネス」は「chocoZAP」に抜かれ2位に転落したが「第二の創業」へ布石を打つ。
エニタイムの月額料金は店舗により違うが7000~8000円が中心だ。日々のトレーニングに励む「ガチ勢」の利用が多く、運動習慣がない層をターゲットとしたchocoZAPとは利用層が全く異なる。だがchocoZAPの派手なプロモーションに目移りする消費者は少なくない。ライト層を開拓してきたchocoZAPは会員の大半を女性が占める一方で、エニタイムの利用者は男性が約8割を占める。マッチョな男性が通うジムというイメージを持つ人が多い。そこで女性をメインのモデルに起用した「なりたい自分になる」というメッセージを打ち出し女性に浸透を図った。更に完全無人化を目指すchocoZAPに対し、エニタイムは有人での運営にこだわる。店舗によって差はあるが、午前10時~夜7時ごろまではスタッフが常駐している。マシンの掃除やメンテナンスを担ったり、利用者のトレーニングの助言をしたりする。店舗の満足度を高めて、継続的な利用につなげる狙いだ。2023年からは直営店を対象に、挨拶や言葉遣い、お辞儀の仕方まで「一流の接遇」を学び接客の意識を高める。ジムの清掃・点検には200以上の項目があり、トレーニングマシンからロッカー、壁にかかるホコリまで清掃する。徹底できるのは専門スタッフを抱える有人ジムならではの強みを持っているからだ。
この2社から学べる教訓には、アップルのスティーブ・ジョブスの有名な言葉が参考になる。彼は「ライバルがバラを10本送ったら君は15本送るのかい?そう思った時点で君の負けだ!」
同じ土俵で競合と勝負するというのはビジネスの勝ち筋とはならない。
「顧客はだれなのか?」 「何を求めているのか?」 「自社の商品の特徴は何か?」などを見つめ、お客様に求められる独自の価値を提供する事が必要だ。例を挙げたライバルから見ると、chocoZAPのデメリットは無人ジムである為、スタッフによる指導やサポートが受けられない!シャワー設備や鍵付きロッカーがない等店舗によって設備が異なる為、事前に内容を確認する必要がある。設備メンテナンスが不十分、清掃が行き届いていない等のライバルのデメリットを有人店舗ならではのメリットとしている。しかし、そのようなデメリットを抱えながら月間退会率は業界平均4~5%のところ0.63%、週に1回以上来店する会員は8割を超えている。これは業界平均から見れば驚異的な数値になる。多少のデメリットはあるが「入会したくなるような価値を提供できた」 「継続して利用したくなるサービスを提供できた」からだ。これらのサービスはスポーツジム業界から見れば批判は受けるだろう。マーケティングの基本から言えば「現場を見つめ、人々が求めていることを知り、何処にコストが生まれるかを知る」ことが重要となる。それをきちんと実現した例といえる。
アーバン企画開発グループ相談役/合同会社ゆいまーる代表社員
三戸部 啓之